-記-

春の到来の記

長い冬の終わりは ある日突然やってくる

春は来る 海が春の風を運ぶから

波にのって春の風がやってくると
花は咲き 草木は萌える
「春だ 春だ」とさけびながら

波が春の風を運んでくると
海はやさしく暖かく
「春だ 春だ」 と告げるから

私たちの心にも
春は突然やってくる

冬の寒さが厳しいほどに
冬の暗さがこたえるほどに
暖かい 明るい春がやってくる

暖かい 明るい春がやってくる




望郷の記

秋には深紅の紅葉が舞う
やるせなさを 思いやるかの如く

冬には白い雪が降る
あたたかさを 包みこむが如く

春には色とりどりの花が咲く
やさしさを 愛でるが如く



幼少の頃の記

天真爛漫で活発、声が大きくて良く笑う(今も変わってない)小柄な少女の頃。

1歳からピアノを始めていた(らしい)私ですが、親が熱心なばかりで、
実はいつまででも外であばれていたい子でした。

両親は小さな呉服店を営んでいて
父はその傍ら、芸術活動にいそしんでいました。
なにやら意味不明の、変わった絵を毎日毎日、寝るのを惜しんで描いては
気難しい顔をして考え込み、
日曜になると囲碁番組のテレビの前でぐっすり寝ていました(笑)

母はとても教育熱心で、お勉強を教えてくれたり、ベットの上で本を読んでくれたり。
悪いことをすると、お尻をぺんぺんたたきました




情緒の記

とんぼとにらめっこして
とんぼが首をかしげるまで指をくるくるくるくる回す

クローバーのお花を一つずつ編んで
お花の冠を作る

ほうずきの実をもんで
中身をきれいに出して風船を作る

小さな音のでんでん太鼓
ぺんぺん草

ささ舟を作って浮かべて
お友達と競争

早起きして
小鳥の歌声を聞きに行く

海にもぐって
とげとげのウニ取り

砂浜にねっころがって
お星様の観察



信念の記

ふと気付くと
暗い空間に浮かんでいた

さまよえどさまよえど
始まりも終わりも
上も下も
何もない空間だと思っていた

ある日
その空間を流れるうちに
壁があることを知った

そしてその壁は
刻々と
四方八方から
自分に迫りつづけている事も知った

この空間がすべてと思っている物体に
もはや逃げる術もなく
ある時ついに
壁は物体を押しつぶすかのようになる

その物体は苦しみのうちに
ある日ふっと
出口を見つけた

外には明るい空間があり
その物体に生命が宿る


人生最初の壁を越えた我々は
エネルギーに満ち溢れている



歌の記

母は、元保母です
掃除も洗濯も、童謡と共にします
娘が言うのもなんだけど
澄んだ美しい声の持ち主です。
私よりよっぽど美声です。地声も含めて。

その影響なのでしょうか?

とにかく歌うことが楽しくて楽しくて
父と共に、夜中まで「もみじ」を輪唱したり
学校でもらった「みんなの歌」を
最初から最後まで(全100曲以上)
毎日歌ったりしてました。

おかげで、大抵の日本の童謡は
2番3番の歌詞まで含めて、ほとんど頭に入ってます
私の、唯一の「特技」です・・・

今思うと、子供の頃に夢中になった物事って
必ず戻ってきて、後々の人生に影響を及ぼしてくるものなのかもしれないですね。


そして、今の私がこうして歌っていられるもう一つの大きな理由は
小学校のクラブ活動として参加した「合唱」
それまで地声でぎゃーぎゃー歌っていた私に
発声法を教えてくださった藤本先生。
今、どこでどうしていらっしゃるのかも、なにもわからないけれど
彼女におなかをなぐられ、頭を楽譜でたたかれ
毎日腹筋を100回ツウィストを100回
夏休みも冬休みも週末もすべて返上して
毎日必死で歌った日々

1年後には、信じられないくらいの美声になった自分がいました(歌声だけね。)

今の自分がここにあるのは
本当に本当に色々な人のお陰なのだと思うたびに
もっともっと歌いたい気持ちが増します



生きとし生けるものの記

私には、特に宗教心はありません
強い思想も持っていません

と、つい最近まで思っていたのですが
私は強い「自然崇拝者」だということに気付きました

生きとし生ける物はすべて、この大地に守られている
そして冬の後には美しい春が来ることを約束してくれる
そして大地は、私達が必要なものをすべて与えてくれる

太陽は必ず毎日大地を照らし
すべてを育て上げてくれる



春の記


小さなつぼみも
青い芽も
みんな見上げる青い空

花の香りも
鳥の声も
みんなを運ぶそよぐ風

ちっちゃな夢も
あこがれも
どんどんふくらむ清い春